小説の世界観を額装で広げる。上海からご依頼いただいた浅野勝美氏の版画「幻妖」|額装家 多喜博子
- tenkuunomori
- 2025年12月21日
- 読了時間: 7分
更新日:1月17日
投稿日:2025年12月21日
ある日、インスタグラムのDMに一通のお問い合わせが届きました。
「額装をお願いしたい作品があります。この作品の幻想的で静謐で妖美な雰囲気を引き立てる額装デザインにしていただければと思います。」
差出人は、上海にお住まいの男性。 海を越えて届いたメッセージが、今回の特別な額装の始まりでした。
小説の世界観を額装で広げる。上海からご依頼いただいた浅野勝美氏の版画「幻妖」|額装家 多喜博子

日本のアートや文学、音楽を愛し、何度か来日経験もお持ちだというお客様。 今回は、上海からの額装オーダーのストーリーと、そこに込めた私のデザイン思考をご紹介します。
■事例データ
作品タイトル「幻妖」
作家 浅野勝美
銅版画 エッチング、アクアチント、アルシュ紙
Ed.1/12
絵のサイズ 180×370㎜
額縁のサイズ 350x550㎜

皆川博子の小説『幻妖』の装丁画となった、浅野勝美氏の版画

今回のご依頼品は、画家の浅野勝美氏による版画作品「幻妖」です。 お客様がこの絵と出会ったきっかけは、日本の小説でした。
小説家皆川博子氏の作品精華『幻妖』。 人間の心の奥底にある欲望や情欲、愛憎といったダークファンタジーな世界観を描いた幻想小説作品です。ちなみに、”作品昇華”とは、負の感情、欲求不満などを、普遍的な価値を持つ芸術作品(小説)へと高め、変容させること。お客様はこの小説を読み、その装丁に使われていたこの絵に強く惹かれたのだそうです。
「この原画を手元に置きたい。」
そんな情熱で作品を探し出し、東京のギャラリー「Zaroff」さんのオンラインショップで購入されました。 小説の感動がアートへの愛着に変わり、私の元へと辿り着く。とっても素敵なリレーですよね。
なお、今回の公開にあたり、ギャラリー Zaroff様を通じて浅野勝美氏にも完成写真をご覧いただき、掲載のご快諾をいただきました。素晴らしい作品を扱わせていただき、心より感謝申し上げます。

上海から日本の額装家へ。フランス額装をきっかけに、オンラインで繋がるオーダーメイド
打ち合わせはビデオ通話で行いました。 こちらは日本語、中国語(北京語)での対応が可能ですが、お客様は日本語が大変堪能でいらしたため、終始日本語でのセッションとなりました。
画面越しにお会いしたお客様は、物腰の柔らかい丁寧な話し方をされる紳士。 お話ししていく中で、彼がなぜ中国国内ではなく、わざわざ日本の私に依頼してくださったのか、その理由が見えてきました。

お客様はフランスへの留学経験があり、作品に合わせて額縁を仕立てる「フランス額装」の文化を知っていらっしゃいました。 もちろん、中国にも額縁屋さんはたくさんありますし、フランス額装を扱うお店もありますが、型通りのオーダーメイドでは「特別感」が足りないと感じておられたようです。
「この作品のための特別な額縁をデザインをしてほしい」
その想いでインターネットでオーダーメイドの額装家を探し続け、私のインスタグラムを見つけてくださいました。 数ある選択肢の中から私のデザインや世界観に共感し選んでいただけたことは、額装家として何よりの喜びです。私はフランス額装の伝統的な技法を使って、今までのフランス額装にはない新しい素材や表現にチャレンジしていることも、お客様に興味を持っていただいたようで光栄でした。
デザインコンセプト:「愛憎」という業(ごう)を美しく隠す
今回のデザインテーマは、作品の背景にある皆川博子さんの小説世界と浅野勝美さんの描く妖艶な空気感との融合です。
絵の中には、何かを考えながらほんのわずかに微笑んでいるようにも見える美しい人物と、その傍らにある骸骨と花が描かれています。

愛憎と強い欲望。 誰の心の中にも強弱の差こそあれ、必ず存在します。けれど、多くの人はそれを表に出したがりません。人には見られたくない、心の底に秘めておきたい感情です。
「隠しておきたい。けれど、そこには抗えない欲望がある」
この矛盾する感情を表現するために、私は「覆い隠している深い業が透けて見えている魅力」という演出を試みました。

アクリルのレイヤーで奥行きを。蔦と荊(いばら)の演出

提案したのは、蔦(つた)と荊(いばら)で作品を覆うデザインです。 平面的な絵柄ではなく、実際にレイヤー(層)を作ることで、物理的な奥行きを持たせました。
1. 蔦(つた)の層
薄いブラックがかった半透明のアクリルを使用し、大きな流れを作ります。
2. 荊(いばら)の層
さらに細かい模様を描くため、透明な黒いインクを使ってアクリルの上に繊細なラインを描きました。
そして、重ねた蔦と荊の背景にはダークパープルを配置。 真っ黒ではなく、あえて深い紫を選ぶことで、色気を足していきます。

このデザインで最も神経を使ったのは、蔦と荊のボリュームの計算です。 少ないと貧相になり、多すぎれば主役である絵が小さく見えてしまう。このさじ加減を私なりの計算で慎重に調整していきました。
完成した額装は、光が当たるとアクリルの層が影を落とし、作品の上に薄い影で模様が浮かび上がります。 時間帯や光の角度によって表情を変える、「幻妖」の名にふさわしい仕上がりに。

作品を未来へ残す。美術館クラスの保存額装(コンサベーション)
デザイン性だけでなく、保存の観点でも高品位であることを追求しました。 作品を心から大切にされているお客様からのリクエストもあり、以下の仕様を採用しています。
・UVカット&低反射アクリル: 99%紫外線をカットしつつ、光による反射を抑えて作品が見えやすい高級素材のアクリル。
・スーパーバリアシート: 作品の酸化や黄ばみを防ぐ、美術館の収蔵品クラスの保護シート。
・アーカイバルボード:作品本紙の無機酸や有機酸を中和し、紙の劣化を抑制する働きがあります。
・無酸性マット:中性・無酸の紙でできた額装専用マット
・PLボード:帯電防止・酸性ガスなしの保存性が高い裏板ボード
これらの高品位な保存材は、ご要望いただければ対応可能ですのでご相談ください。

厳重梱包で上海へ発送。国境を越えた尊い想い

繊細な品なので海外輸送サービス会社へ依頼し、厳重な梱包で作品は無事に上海へと渡りました。
到着後、お客様からは「美しい。センスと技術に脱帽です。」とメッセージをいただきました。
そしてすぐに別の作品の額装オーダーをいただき、品質を信頼してくださった証だと感じています。

今回のご依頼を通じて、改めて確信したことがあります。
美しいもの、愛おしいもの、大切なものには、特別な衣装や居場所を用意したい。 そう願う人の気持ちに国や人種の違いは全く関係ありません。
たとえ海と国境を隔てていても、私の額装でその願いを叶えることができる。 私を見つけ出し、大切な物語を託してくださった上海のお客様との出会いは宝物となりました。
あなたの手元にある「大切なもの」も、ぜひ私にお話しください。 世界中どこにいても、その想いにふさわしい「世界に一つだけの額装」をご提案します。
今回ご紹介した技術について
本記事のようなフルオーダーメイドの額装は、以下のお問い合わせフォームよりご相談いただけます。また、アーティストの皆様に向けた高品質なアクリルフレーム「アートカプセル」もオンラインショップにて展開中です。
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